抜け首系の映画かと思いきや違った
この映画の『飛頭魔女』というタイトルから何を思い浮かべるかというと、小泉八雲の怪談『ろくろ首(=実質的には「抜け首」)』や、その基になった中国伝承(『捜神記』など)に登場する飛頭蛮(フェイトウマン)ではないでしょうか。ちなみに、小泉八雲の「抜け首」は人間の身体から離れた首だけがふわふわと宙に浮く存在で、『捜神記』の「飛頭蛮」は首が耳で翼のように羽ばたいて飛びます。
そのため飛頭蛮は、南米チリのマプチェ族に伝わる妖怪「チョンチョン」とも類似しています。
さて『飛頭魔女』ですが、冒頭に「福建省の純粋な郷土伝承も基に」といったテロップが表示されます。
ところが物語が始まると、夜空を飛ぶ女性の生首がいきなり人間を襲いますが、その首の下には内臓をぶら下げていました。
――そうです。この映画の『飛頭魔女』は、みんな大好きマレー半島のペナンガランでした。
佐藤有文著の『いちばんくわしい世界妖怪図鑑』風に言えば、ブルガリアの妖怪である胃ぶらりん(イブラリン)です。
福建省の純粋な郷土伝承の飛頭は、本当に「内臓を引き連れて飛ぶ」タイプなのか?
福建省を含む中国南部沿岸地域は、古くから東南アジアとの交流(南洋への移住など)があるようなので、相互の伝承が混ざり合っても不思議ではないでしょう。しかし、福建省の純粋な郷土伝承として「内臓を引き連れて飛ぶ」タイプの飛頭が定着していると考えるのは、やや無理があるような気がします。
そもそもこの映画は香港・台湾の合作映画なので、中国の黒魔術と言えばこれ、な「降頭」と、東南アジアの吸血妖怪「ペナンガラン」のイメージをミックスし、当時のアジア・ホラー特有のハイブリッドな作品になってしまった、と考えるのが妥当かもしれません。
もしかすると、インドネシア映画『首だけ女の恐怖/Mystics in Bali』(1981)の影響もあるかもしれません。
また、この映画も道士 vs 妖怪系の作品なので、霊幻道士元祖シリーズ一作目の『鬼打鬼/Spooky Encounters』(1980)の影響を受けている可能性も高そうです。
ペナンガランは出るけど、特に良くもなく悪くもない普通の80年代ホラーだった
映画の制作会社はチア・ユー・フィルム・カンパニー。この当時の香港の降頭系映画では特に珍しくもないのですが、作中では本物の蛇(鰻も混じっていました)をしっかり使用していました。
香港の降頭系映画というと、私なんかはショウ・ブラザーズ作品を真っ先に思い浮かべますが、それらと比べると演出はかなり地味です。
人間の姿になった蛇の精怪のような存在が登場し、金持ちのお嬢に呪いをかけ、それを解いてほしければ自分と結婚しろと迫る――そんな話です。
婚姻を受け入れなかったお嬢は、蛇の精怪の降頭術によって夜な夜な身体から首が抜け、宙を飛んで人間を襲う飛頭降(フェイトウジャン)と化します。
ややこしいですが、飛頭蛮(フェイトウマン)は生まれながらの種族であり、降頭術によって首が身体から離れる状態になるのが飛頭降(フェイトウジャン)らしいです。
別の映画、『ゴンタウ 降頭/Gong Tau – An Oriental Black Magic』(2007)では降頭術師の首が身体から離れ、内臓をぶら下げて宙に浮くシーンがありますが、あれも飛頭降なのでしょう。
人に迷惑をかけたくないお嬢は、侍女二人とともに田舎に籠もります。
そこへ旅の道士が現れ、降頭術を弱めたことで、お嬢の状態は毎夜ではなく、毎月十五日に一度だけ飛頭降が発動する程度にまで改善されますが、呪いを完全に解くことはできませんでした。
道士の授けた八卦鏡の攻撃力が凄い
お嬢を完全に解呪できなかった道士は、完全に呪いを解ける力を身に着けたらここに戻ってくると言い残し、再び修行の旅に出ます。
その際、魔除けとして家の戸口に掛けておくよう、八卦鏡を置いていきます。
これはただの鏡ではありません。
妖怪や魔性の存在が接近すると、この八卦鏡は敵に対して自動砲撃を行い、さらにはロープを射出して雁字搦めにするという、とんでもない攻撃性能を誇ります。
80年代の香港映画では道術演出が派手な作品も多いですが、この映画における八卦鏡の攻撃力は、他の追随を許しません。
飛頭降系ペナンガランの攻撃力も凄い
さすが降頭術で変化した存在と言いますか、飛頭の攻撃力も半端ではありません。
口から火を吹いたり、ビームを発射したりと、かなりの怪生物っぷりを見せてくれます。
飛頭降状態のお嬢は意識がないようですが、終盤ではどう考えても、自分の意志で自分に呪いをかけた蛇の精怪に攻撃を仕掛けていました。
そして飛頭降状態では、首から下に内臓をぶら下げているため、いかにもそこが弱点のように見えます。
しかしこの内臓、かなり強靭で耐久力が高く、心臓らしき部位に攻撃がクリーンヒットしても、わりと平気そうでした。
鑑賞後の感想は「微妙な映画だった」に尽きる
なんと言いますか、香港映画で道士と言えばこの人、というラム・チェンイン(林正英)が出ているわけでもなく、呪いをかけられるお嬢をジョイ・ウォン(王祖賢)が演じているわけでもなく、出演者的にも地味な作品です。
道士と妖怪の功夫アクションがあるわけでもなく、道術の演出で特別魅せてくれるわけでもありません。
正直、レンタル全盛期にVHSですら国内版がリリースされなかった作品なんて、まあこんなものだろうな、という程度のデキでした。
別にめちゃくちゃ出来が悪いわけではありません。
ただ、同じ飛頭ものでも、あの強烈なカルト的魅力を放つ『首だけ女の恐怖/Mystics in Bali』などと比べてしまうと、あるいは降頭系としてショウ・ブラザーズ作品と比べてしまうと、本作は平凡な一本だった、としか言えないのです。
評価としては「悪い・普通・良い」の三段階で言えば、普通。でも、ペナンガラン目当てなら一度は義務として観ておくべき作品という前提付きの普通です。
それ以上でも以下でもない、そんな映画でした。
